銹絵観鷗図角皿さびえかんおうずかくざら
器は乾山、絵は光琳。宋の詩人・黄山谷が鷗をながめる図を、兄が軽妙な筆で描いた兄弟合作。
尾形乾山は京都の呉服商・雁金屋の三男で、6歳上の兄が尾形光琳。仁和寺の南に習静堂を構えて参禅と学問に励み、門前に住んでいた野々村仁清から本格的に陶芸を学んだ。37歳のとき鳴滝泉谷の山荘に窯を開き、都の北西(乾)の方角にあたることから「乾山」と号した。正徳2年(1712年)に二条丁子屋町へ移って多くの作品を手がけ、乾山が器を作り光琳がそこに絵を描いた兄弟合作も多い。本品は型作りの正方形の皿に白化粧を掛け、鉄分の多い絵具(銹絵)で、宋の詩人・黄庭堅(黄山谷)が二羽の鷗を見る情景を光琳が描いたもの。縁は花や雲の文様で額縁のよう。左下に「光琳画」の署名があり、裏には深省(乾山)が銘文を記して、器を深省が作り絵を光琳が描いたことが分かる。
説明文の出どころ:尾形乾山(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)
写真について
- ライセンス
- CC BY 4.0(ColBase)
- 撮影
- 東京国立博物館
- 出典
- 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/G-32?locale=ja)をもとに縮小