大井戸茶碗 銘 喜左衛門おおいどぢゃわん めい きざえもん
「一井戸 二楽 三唐津」の筆頭。落ちぶれても手放さなかった商人の名が付く。
井戸茶碗は、朝鮮王朝時代前期の朝鮮半島で作られた高麗茶碗に対する日本での呼び名。産地では日常の雑器または祭器として使われたと推測されるが、日本の茶の湯では「わび」にかなうとして「一井戸 二楽 三唐津」と珍重された。作った人の名は残っていない。特徴は枇杷釉、竹の節高台、梅花皮(かいらぎ。釉の縮れ)。本品は慶長年間に大坂の商人だった竹田喜左衛門が零落しても手放さなかったためこの名が付いた。本多忠義、中村宗雪、塘氏へと伝わり、のちに所有した大名茶人・松平不昧によって「天下の三井戸」の一つに数えられた。これで茶を飲むと腫れものができるという言い伝えがある。大徳寺の塔頭・孤篷庵の所蔵で、孤篷庵は小堀遠州が建てた庵。非公開だが、数年に一度、特別公開がある。
説明文の出どころ:井戸茶碗(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)