灰釉長頸瓶(蟹穴古墳出土)かいゆうちょうけいへい(がにあなこふんしゅつど)
須恵器の長頸瓶では最大級。窯の灰が溶けて流れた深緑の自然釉が、そのまま景色になっている。
- 制作年
- 古墳時代終末期(7世紀後半)
- やきもの
- 須恵器
- 所在
- 東京国立博物館(東京都台東区) 地図
- 指定
- 重要文化財
- 技法
- 炻器(須恵器・自然釉)
- 寸法
- 高さ55.0cm・口径24.2cm・胴径36.5cm・高台径24.5cm
須恵器は古墳時代から平安時代にかけて日本で作られた青灰色で硬い陶質土器(炻器)。起源は朝鮮半島南部の伽耶とされ、それまでの野焼きの土器と違い、窖窯で1100度以上の高温で還元焔焼成する。本品は三重県鳥羽市答志島の南側中腹にある小円墳・蟹穴古墳の横穴式石室から、1921年(大正10年)に完形で見つかった長頸瓶で、1923年に帝室博物館に寄贈された。頸部には2条ずつの沈線を3段に、胴部中位には刺突文を施し、頸から胴の上半にかけて深緑色の自然釉が掛かって下へ垂れている。須恵器の長頸瓶としては最大級で、古墳は7世紀後半の築造と推定される。1999年に重要文化財。伊勢湾はヤマト政権にとって重要な海の道で、持ち主は伊勢志摩とヤマトを結んだ人物だったのかもしれない。
説明文の出どころ:蟹穴古墳(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)
写真について
- ライセンス
- CC BY 4.0(ColBase)
- 撮影
- 東京国立博物館
- 出典
- 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/J-9535?locale=ja)をもとに縮小