楽焼白片身変茶碗 銘 不二山らくやきしろかたみがわりちゃわん めい ふじさん
窯の中の偶然で下半分が黒くなった。光悦が娘の嫁入り支度の代わりに作り、振袖に包んで持たせた。
楽焼のうち白釉を用いた白楽と呼ばれるもの。素地は荒い砂が混じった白土で、手捏ねで成形し、へらで側面を縦に削って整え、透明性の低火度の白釉を厚くかけて焼いた。ところが窯の中で偶然、茶碗の下半分が内側・外側とも炭化して黒く変色し、それが「片身変」の名になった。本阿弥光悦の現存作は10点ほどで、そのうち本作が一番の作と言われる。光悦が娘を大阪に嫁がせる際、支度の代わりにと精魂込めて作り、持参するとき振袖に包んだことから「振袖茶碗」の別名があり、その切れ端も残る。箱には光悦自筆で「不二山 大虚菴」と記され角黒印が押される——作者が自ら箱書をした共箱としては日本の陶芸史上初の例。銘の由来は、雪のかかった富士山に見立てたとする説と、これ以上ない出来映えを自慢したかったとする説がある。姫路藩主・酒井家に伝わり、1952年に国宝指定。常設展示はせず、企画展で展示される。
説明文の出どころ:楽焼白片身変茶碗(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)